監査役の会計監査人選任議案・報酬決定権

日本公認会計士協会は5月21日に「上場会社のコーポレート・ガバナンスとディスクロージャー制度のあり方に関する提言」というレポートをホームページで公表しました(http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/pdf/4-0-0-2-20090521.pdf)。5月22日の日経新聞にもこの記事が載っていました。
その中で監査役(会)が会計監査人の選任議案の決定権や報酬の決定権を持つことが提言されています。

この監査役(会)が会計監査人の選任議案や報酬の決定権を持つという制度については、ずいぶん前から議論されています。
たとえば、2007年6月の公認会計士法の改正がされた際に、衆議院財務金融委員会及び参議院財政金融委員会は、この制度の導入に向けて引き続き真剣な検討を行う趣旨の附帯決議(公認会計士法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議)をしています。
また、昨年8月に法務省がこの制度を導入する会社法改正案を国会に提出する方針を固めたとの新聞報道もありました(「会計監査人の「選任権」が監査役に」参照)。
しかし、その後実現に向けた動きはありませんでした。

この制度が必要な理由は何でしょうか。
株式を上場している会社は、会計監査人を置かなければなりません。会計監査人は会社の財務情報が正しいかどうかを監視(監査といいます)するために置かれています。
株式を上場している会社に利害関係を持つ者(株を売り買いしようとする人や物品の取引先など)は極めて多数に上ります。この多数の利害関係者は会社の財務情報を信じて株や物品などの取引きをするので、財務情報が正しいことが必要不可欠です。
現在の制度では、会計監査人が監査する会社の経営者が会計監査人の選任議案を決定し、監査報酬を支払います。会計監査人の選任権は株主総会にありますが、通常は経営者の推薦する通りに会計監査人が選任されます。
これでは経営者が会計監査人を決めてその報酬を支払っているのと同じです。そこで、利害関係人や市場は、会計監査人が経営者により強い親近感を持つのが当然であり、監査に手心を加えるのではないかという疑念を持つことになります。
このように監査される側に選任されて報酬をもらうのでは会計監査人は適正に監査しないのでないかとの疑念が持たれる状況を「インセンティブのねじれ」といい、国会の審議などでもこの言葉が使われています(ある参議院議員が使い始めたそうです)。
この「インセンティブのねじれ」を解消するためには、経営者ではなく、監査役(会)が会計監査人を決定し(株主総会は監査役(会)の推薦通りに選任するでしょう)、報酬について会計監査人と合意できるようにすればいいというわけです。

現在の制度でも、会計監査人の選任議案については、監査役(会)の同意を得なければなりませんし、報酬についても同様です。これによって、経営者と会計監査人のもたれあいを防止しようとしています。
しかし、この提言は同意権のシステムは機能していないと指摘しています。その理由として、同意権しか持たない監査役(会)は監査報酬が適切か否かの判断に必要な資料が十分に入手できないこと、監査役(会)は監査報酬の同意についての説明責任を負いにくいことから安易に同意することを指摘しています。また、監査契約を結ぶ前に報酬について監査役(会)が関与した事例は少数であるとの調査結果をも示しています。なお、この提言では、会計監査人選任議案決定権と監査報酬決定権はペアであると考えられているようです。

この提言のように監査役(会)が会計監査人選任議案と監査報酬の決定権を持てば、外観上の「インセンティブのねじれ」は解消されたように見えます。その意味では、この提言は正当だろうと思います。会計監査人の報酬決定は業務執行に属することであり、予算措置を伴うものであるとの指摘もありますが、形式論に過ぎないように思います。
しかし、このような決定権を監査役(会)が持つことと会計監査人の監査が適正に行われることが確保されるということは別の問題です。
目的は会計監査人の監査が適正に行われることであり、会社のガバナンスや会計監査のあり方(たとえば、会計監査人を数年に一度は変更することにするなど)など、マクロ的に解決していく必要があります。