法務省が会計監査人の選任権、報酬決定権を「取締役などの経営陣から監査役に移す」との会社法改正案を国会に提出する方針を固めたとの新聞報道がありました(7月21日付日経新聞)。本稿ではその意味についてご説明します。
まずは現行法における会計監査人、監査役、監査役会、監査委員会(委員会設置会社)の制度の概要をおさらいしましょう。
会社法では大会社(資本金5億円以上もしくは負債200億円以上の会社)と委員会設置会社は会計監査人を置かなければなりません。
会計監査人は株主総会で選任されます。その任期は1年間ですが、いったん選任されれば毎年株主総会で選任される必要はなく、自動的に再任されます。
会計監査人を置く会社のうち、委員会設置会社には監査委員会があります。その監査委員会は過半数が社外取締役でなければなりませんが、常勤の監査委員を置くことは義務づけられていません。
他方、会計監査人を置く会社のうち、委員会設置会社以外の会社は監査役を置かなければならず、公開の大会社では監査役会を置かなければなりません。監査役会は半数以上が社外監査役でなくてはならず、また、常勤の監査役を置かなければなりません。
なお、委員会設置会社以外の会社が上場する場合、公開審査において常勤監査役1名を含む2名以上の監査役が選任されていることが求められており、大会社でなくとも市場の信頼を得るために1名の常勤監査役と2名の社外監査役で構成する監査役会を置いているところは多いと思います。
さて、本稿のテーマ(会計監査人の選任)に戻りますと、現行法において、委員会設置会社では監査委員会が会計監査人選任議案を決定する権限を有します。
他方、監査役・監査役会設置会社では、取締役が会計監査人選任議案を提出するのに監査役・監査役会の同意が必要と定めるのみで、取締役会が人選できるようになっています。一般的には、取締役会の人選に監査役・監査役会が異議を唱えることは難しく、実質上は取締役会が会計監査人を選んでいる状況のため、会計監査人が取締役から独立して会計監査をすることができるのか疑問が呈されています。
そのような現状を踏まえ、冒頭で述べたとおり、法務省は会計監査人を選任したり報酬を決定したりする権限を取締役から監査役に移すという会社法改正案を国会に提出する方針を固めたとのことです。
これは、アメリカのサーベンス・オクスリー法(SOX法)に範をとったものと思います。同法301条では、監査委員会は会計監査人の選任、報酬、再任及び職務の監視について直接に責任を負う旨が規定されています。
ただ、上記報道でも「選任権を取締役から監査役に移す」ことの法律的な意味まではっきりと書かれてはいませんでした。そもそも会計監査人の選任権を有するのは最終的には株主総会です。
もしSOX法と同様に会計監査人の選任権を「株主総会」から監査役または監査役会に移すのであれば、委員会設置会社における監査委員会にも会計監査人の選任権を付与するということになるでしょう。
上記報道でも株主総会から会計監査人の選任権を奪うかについては不明です。もし奪うとするならば、株主総会が会計監査人の監督にどのように関与するかの議論が必要になってきます。
そう考えると、法務省の今回の方針というのは、現行会社法における監査委員会と同様、監査役・監査役会に会計監査人選任の議案内容を決定する権利を与えるという内容なのかもしれません。これが「会計監査人の選任権を取締役から監査役に移す」ということの意味のように思えます。
会計監査人の報酬については、監査役・監査役会、監査委員会の同意を得なければならないだけで、取締役が決定することができます。この報酬決定権限を監査役・監査役会、監査委員会に移すということは、会計監査人の独立性を高めることを狙ったもので、SOX法と同じ目的です。