2008年1月25日付で、川崎市所在の企業(テラメント株式会社)がトヨタ自動車ほか有名企業6社につき過半数の株式を取得したとの大量保有報告書がEDINETで開示されました。EDINETとは、オンラインで投資家向け情報を開示するシステムで、金融庁が運営しています。テラメント社による株式取得の事実はなかったとして、金融庁は1月27日付でテラメント社に対して訂正報告書の提出を命じる行政処分を下しました。(テラメント社は訂正報告書の提出に応じていないようです)また、証券取引等監視委員会がテラメント社につき、金融商品取引法違反の容疑で強制捜査を行う、との方針を公表しています(2008年1月30日の日経新聞朝刊)。
テラメント社が提出した大量保有報告書の内容が真実であれば取引金額20兆円という異例の規模であること、特定の企業がいきなり過半数の株式を取得できるほど6社の浮動株は多くないことなどから、金融庁の対応を待たずとも、テラメント社によるこうした株式取得の事実を疑問視する声は多かったようです。また、テラメント社による大量保有報告書の開示が証券取引所の取引時間終了後になされたこともあり、それほど大きな混乱はなかったようです。
では、今回のように開示内容からして極端・不自然な事例ではなく、開示された情報自体を見る限りでは本当らしく見えるが実際にはウソ、という情報が取引時間内に開示されていたらどうなっていたのでしょうか。また、そもそも、これまでに開示されてきた情報について、中には実態を反映しない虚偽の内容が含まれていた可能性も否定できません。
大量保有報告書は、提出義務の対象となる株式取得(ある上場企業の株式について保有割合が5%を超えることとなった場合。なお、株式保有割合が1%以上増減した場合には変更報告書を提出します。)を行った者から、いわば自己申告によって開示されています。EDINETによる情報開示を行うには、事前に住民票や会社の定款などを提出して登録を行う必要がありますが、大量保有報告書の内容について金融庁は事前審査を行っていません。提出された内容がそのまま開示されることとなります。今回のテラメント社の件は、こうした制度の下で発生しました。
EDINETでは日々膨大な数の書類が開示されており、大量保有報告書だけでも年間約2万件が開示されるそうです。個々の大量保有報告書について、金融庁が事前審査を行って信ぴょう性があるものを選別するのでは、開示までに時間がかかります。現在の制度は、内容の正確性を保つことができない危険もはらんでいますが、タイムリーな情報開示の観点を重視した制度設計になっているといえます。
テラメント社の件が契機になり、今後、EDINETの改善に向けた検討が行われるそうです。金融担当大臣は「明らかに虚偽の疑いがある異常情報を摘出するソフトはある。そうしたシステムを検討していきたい。」とコメントしたそうです(2008年1月29日の日経新聞夕刊)。最低限の事前チェックの導入可能性について言及しているものでしょうが、やはり全ての開示情報について内容の真実性を事前にチェックしていくことは困難と思われます。
なお、証券取引所が運営する適時開示システム(TD-NET)で開示される情報については、証券取引所の規則により開示前に一応の事前チェックがなされることとなっています。ただし、これも開示内容の真実性の確認に主眼をおいているわけでなく、開示内容が誤りだったというケースもあります。例えば、株式会社オートバックスセブンが、いわゆるCBの引受人による資金払込が完了した旨をTD-NETで開示したものの、実は払込がなされていなかった、という事例がありました。
投資家向けに開示される企業情報については、正確性が要求される一方で、タイムリーな情報開示の要請も非常に重要です。事前チェックによる内容確認に限界がある以上、ペナルティなど事後的な措置を定めること、あるいはこれを強化することで誤った情報開示を防ぐという方策も検討する必要があります。テラメント社についても強制捜査が行われる方針が明らかになっているように、今後刑事責任が本格的に問題になると考えられます。また、大量保有報告書に関する虚偽記載は、現在課徴金の対象とされていないため、テラメント社に課徴金納付を命じることはできませんが、今後同種の事例に備えるべく、大量保有報告書について、虚偽記載を課徴金の対象とするべく法改正が検討されているとのことです(2008年1月28日の日経新聞朝刊)。
しかし、刑事罰や課徴金による対応は事後的なものであり、虚偽情報の開示自体を完全になくすことはできません。投資家自身においても、開示されている情報にどの程度の信ぴょう性があるのか、吟味する姿勢を持つ必要があります。