旧カネボウの株主約500人が起こしていた株式買取価格決定事件について東京地方裁判所の決定が2008年3月14日に出ました。
この事件は、元上場会社にその株主から株式買取請求がされ、買取価格について合意ができずに、裁判所に価格決定が申し立てられたもので、今までにあまり先例のないものでした。
まず、「旧カネボウ」と書きましたが、これは戦前からあるカネボウ株式会社(現在の商号は湾岸ベルマネジメント株式会社に変更されています)で、粉飾決算により東京証券取引所の上場が廃止された会社です。
この旧カネボウに対して新カネボウとは、旧カネボウから化粧品事業以外の事業を譲り受けたクラシエホールディングス株式会社(2007年の商号変更前はカネボウ・トリニティ・ホールディングス株式会社)という、アドバンテッジパートナーズなどのファンドの出資により設立された会社のことです(化粧品事業は花王が譲り受けました)。
つまり、上場廃止以前から存在するカネボウ株式会社が、新カネボウや花王への事業譲渡後も言わば抜け殻となった状態で会社としては存在しており、その会社に対する裁判手続きというわけです。
新聞記事などでは「旧カネボウ」「新カネボウ」という言い方をしているようですので、本稿でもこれに倣います。
旧カネボウは粉飾決算のために2005年6月13日に上場廃止となり、産業再生機構の支援を受けていました。
新カネボウ側(正確には、新カネボウに出資するファンドが別に設立した会社)は、産業再生機構から旧カネボウの株式を譲り受けて議決権の約70%を保有したうえでTOBを実施して株式を買い取り、約82%の議決権を保有するようになりました。
そのうえで旧カネボウは新カネボウに事業譲渡を決めましたが、発行株式の3分の2以上を保有する親会社の支配下にある会社に対する事業譲渡であったことから、旧商法による株主総会決議にはよらずに、産業活力再生特別措置法(産業再生法)で認められる特例を活用して、取締役会で決議をしました。
これに反対した旧カネボウの株主約500人(約4%の株主)が、旧商法の規定に基づき旧カネボウに株式買取請求をしたものです。
抜け殻になった旧カネボウの主たる資産は支払われた事業譲渡代金であり、株式の価値の計算はその資産を発行株式数で割ればいいだけなので、株主と会社に価値の算定をめぐって大きな隔たりがあったことは奇妙にも思えます。
しかし、株式買取請求の場合の株式の価値は、この決定で裁判所が述べているように、事業譲渡がなかったとした場合の旧カネボウの継続企業としての価値であり、その評価をめぐっては立場によって大きな隔たりが生じてきます。
旧カネボウはTOB価格と同額の162円を主張し、他方、反対株主は粉飾決算が発表される前の株価より若干高い1578円を主張していたところ、裁判所は360円と決定しました。これは鑑定人の鑑定をそのまま採用したものですが、鑑定人は当初323円としていたのを360円に修正しました。修正後の額は旧カネボウが上場廃止となる直前の株価と同額でした。
鑑定では、事業が稼ぎ出す将来キャッシュフロー(現金収支)から株式の価値を計算する、「ディスカウンテッドキャッシュフロー(DCF)」方式を採用しています。裁判所も、事業譲渡がなかった場合の継続企業としての評価方法はDCF方式が相応しいとしています。
これまで非上場会社の株式の価値を計算する方式としては、純資産方式(会社の資産と負債の差額から計算するもの)、配当還元方式(将来予測される配当額から計算するもの)、類似会社比準方式(業種や規模などが同じ程度の上場会社の株価から計算する方式)などが裁判上一般的に使用されてきましたが、本件について裁判所はこれらを採用しませんでした。
そして、DCF方式における多数の判断要素について旧カネボウ、反対株主双方が鑑定意見に反論を加えましたが、裁判所はこれら反論を退け、360円と決定しました。結果として旧カネボウが上場廃止となる直前の株価と同額となりました。
この裁判所の決定に対しては、双方から東京高等裁判所に不服申立て(抗告)がされています。
なお、約14%の株主は、TOBにも応じず、また、買取価格決定の申立てもしていないことになります。旧カネボウは、2007年6月の定時株主総会で解散決議をしているので、残余財産の分配を受けるだけということになり、その額はTOB価格よりも低くなるようです。