株式発行登録制度
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フジテレビがライブドアの攻勢に対し、ポイズンピルと言われる経営権防衛策として「株式発行登録」をしたことが公表されました。この制度のそもそもの目的は、会社が迅速に資金調達できるようにしつつ、証券市場を効率的に監督することにありますが、今回のケースでは敵対的買収への対抗策として機能しています。
以下では、新株発行手続きの枠組みを紹介しつつ、この制度の概要と機能を説明します。

まず株式会社が新株を発行するには商法上、取締役会の決議が必要です。上場会社であれば、不特定多数の一般投資家を対象に取得を勧誘し、市場で新株を引き受けてもらう方法を決議することが多いでしょうが、特定の者に新株を発行したり(第三者割当)、既存の株主にその保有割合に応じて引き受けてもらったり(株主割当)することもできます。
さらに証券取引法上の規制があります。上場会社が新株の取得を勧誘する場合、内閣総理大臣に「有価証券届出書」を提出することが必要です。そして、不特定多数の投資家を対象に新株の取得を勧誘する場合(証券取引法では取得の方法により「募集」、「売出し」にわけています)は、この届出書を提出した後、原則15日以上を経過した後でなければ勧誘を始められません。既存株主(一定の日における株主名簿の記載が基準)を対象に勧誘する場合は、有価証券届出書提出と勧誘との間に原則25日空けることが必要です。

このような証券取引法上の規制の例外が「株式発行登録」制度です。つまり、一定の要件を備えた会社がこの登録を行っておけば、いざ新株を発行する際に有価証券届出書を提出する必要がなく、迅速に発行できます。
今回、フジが採ろうとしている防衛策は、敵対的買収者が現れたときに、すぐに新株発行の取締役会決議をし、既存株主に対してその持株比率に応じて新株の引受権を与えるものです。そうすることで既存株主の持ち株数を増やし、買収を難しくします。
このとき商法上は、取締役会決議後、発行まで2週間の期間をあけて既存株主への通知、公告をしさえすればいいのですが、証券取引法上の原則どおり「有価証券届出書」を提出し、その後25日空けなければならないとすれば、買収者に対する防衛策が功を奏しない可能性があります。TOB(公開買い付け)の応募期間が最短で20日間だからです。つまり、TOBが開始されてすぐに取締役会決議をしても、それから25日経過後の時点での株主が新株を引き受けることができるので、TOBが完了した後の敵対的買収者が含まれてしまい、買収者の議決権の割合増加を阻止できなくなる可能性があるのです。そこで、買収者によるTOBが始まる前にあらかじめ、「株式発行登録」をしておくことによって、取締役会決議をすれば直ちに勧誘を始められるので、取締役会決議後、最短2週間で新株を発行することができます。そうするとTOBの期間が経過する前に新株発行が終了し、既存株主の持ち株数が一気に増えます。買収者が議決権割合を増やして支配権を握るためには、さらなる株式の取得が必要となるので、結果として、買収者の意図を妨げることができるのです。

しかし、このような新株発行が仮処分等の裁判手続きで差し止められれば元も子もありません。新株発行が差止めを受ける主なケースは二つあります。
その一つは、その新株発行が、既存株主の利益を害するような「特に有利な条件」で行われるにも関わらず、手続き上必要な株主総会の特別決議がなされなかった場合です。
第三者、例えば既存株主ではない第三者に対して市場価格より安い価格で新株を発行すれば、既存株主の一株当たりの株式の価値がそれだけ薄まりますので、原則として「特に有利な条件」にあたります。他方で、第三者に対する新株発行でも、市場価格以上の価格で新株を発行する場合には、既存株主の株式の価値低下が理論的にはありませんので「特に有利な条件」にあたらないといえます。
差止めを受けるケースはもう一つあります。東京地裁、東京高裁が示したように、新株発行によって現経営陣に友好的な株主の持株比率を増やし、現経営陣の経営権を守ることが主な動機である場合は「著しく不公正な発行」として差し止められます。
以上を前提にすれば、市場より著しく安い価格での発行であっても、既存株主全員に持株比率に応じて発行する場合には、既存株主全員の利益を損なわないので「特に有利な条件」にあたらないし、株主の議決権割合も変わらないので「著しく不公正な発行」とは言いがたいことになります。
今回フジが「株式発行登録」制度を利用しつつ、既存株主の持株比率に応じた新株発行を行った場合、裁判所によって差止めを受ける可能性は、第三者割当の場合に比べて、理論上格段に低いことになります。
フジの採った「株式発行登録」はこのような利点があることから、ライブドアへの対抗策として打ち出されたのです。